兎のぬいぐるみと、根付けのストラップ。
満月と星型のラムネ菓子に、ネジを巻くと動き出す兎のおもちゃ。他にも沢山。
一人では持ちきれなかった量を半分以上持ってもらい、帰りは送ってもらって家路についた。景品を片付ける前に、水の入ったビニール袋の中で泳ぐ二匹の金魚を、急いで水を張った洗面器に移す。
赤と黒の小さな命は、これでもかと言うほど懸命に泳いでいて、殺風景な部屋が少しだけ色づいた気がした。
ちゃんと育てられるだろうか、だって一度も生き物を飼った事がない。
こんなに一生懸命な子達を死なせてしまったら。そんな不安が頭をよぎる。
それでも大事にしたいのは、他でもない彼が掬いあげてくれたから。
私も、掬いあげてもらったようなものだから。
「貴方達は名前、どんなんがいい?」
答えが返ってこないのを分かっていても、問うてみた。
「なんでもいい?ほしたらねぇ…んと、赤いから、紅(べに)。黒いから、墨(すみ)ね」
我ながら安直なネーミングだけど、不思議としっくり来たところで、洗面器をテーブルの上に置いたままお風呂場に移動する。
シャワーを浴びて部屋着のワンピースを頭から被ると、ベッドにころんと寝転がる、クリスマスに買ったひよこの抱きぐるみと目があった。黄色い姿とちょっとだけ目つきの悪さが似ていて、寂しい時はいつも抱えているのは、内緒にしている。
離れてしまうのが怖くて、だけど彼が私の「一番」でもなくて。
傍に居てと言いながら、傍に居てくれという言葉にはっきり頷けない。そんなずるい私を分かっていて全部許してくれるから、彼は優しすぎる。そう、『あの人』よりも、ずっとずっと。
彼だけじゃない、学園に来てから出会った人達は皆そう。こんなに甘えてばかりで、何かひとつでも返せているだろうか。
フローリングに座り込み、洗面器の中を泳ぐ二匹をぼんやり見下ろす。
「拠り所…」
悪戯っ子の様な笑顔で言われた言葉の意味を逡巡する。
それは私にとっての彼という意味なんだと思っていたけど、それだけでもなさそうだった。いつも周囲を窺っているくせに、こういう時は頭が働かない。ネガティブな予想ばかりして、不安ばかり募らせて。
「……楽しかったな」
一人じゃきっと怖くて歩けなかった賑やかな通り、一人じゃ絶対食べなかった夜店のご飯。ずっと寄り添ってくれた隣の体温と、腕輪の青。
まだ耳から離れない祭囃子の音色に、心の底から、ずっとあの時間が続けばいいと思った。『あの人』の事さえ、この部屋に戻るまで完全に忘れていた。
その事実に胸がざわつくし、彼とあの人の両方に泣きついて謝りたくもなる。
あの人は「しょうがない子だ」と笑うだろうし、彼は、彼はなんて言うだろう。
また、離れないように抱きしめてくれる?
例えば私が暗闇に手を伸ばした時に、掬いあげてくれるのかな。私があの人と眠るのを選んだら、止めてくれるのかな。
新しく増えたぬいぐるみと、ひよこをとっさに抱き寄せる。今はきっと、こんなこと考えなくていいんだ。それより今夜のことを、忘れないようにしなくちゃ。
洗面器の中で息をする新しい住人達をもう一度眺める。
明日になったら、ペットショップに行こう。店員さんに聞くのがいいかな。飼い方の本と、餌と、ちゃんとしたおうちをあげなきゃ。他にもこの子達に必要な物、全部。
食費や衣服代が掛からない分、お金は貯まっている方だから、きっと揃えられる。
「今日からよろしくね」
そう話しかけた瞬間、二匹が軽く跳ねたように見えた。
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