2014年、大晦日。目の前には、ここ最近なら何処でも見られる地獄のような光景が広がっている。
「なぁにが武蔵坂だちくしょお」
「私達だって頑張ってるわよねぇ、ただちょっと弱小過ぎただけで」
「吸収合併の悲しみがあんな巨大組織にわかるかよ」
「もうやめようやめよう、ポジティブに飲むぞ。すいませーんビール三本追加でー」
年末年始は毎年行き慣れた温泉街の寂れた旅館で、担当者達と各生徒全員参加で三日間自由に飲み食い散らかす。主に俺達、担当者が。
肝心の生徒である灼滅者達はというと、飲めない大人が様子を見ている。隣の宴会場から聞こえるギャーギャー喚く声を聞く限り、それなりに楽しんでいる様子だ。
「まぁ皆して先輩達の惨状にドン引きか馬鹿にしてるかのどっちかですけどね…」
そんな飲めない後輩のツッコミは聞かないことにした。
結果的に、名義上では自分達が保護者となっている生徒達は、今年も誰一人欠けなかった。
その事に安心するようになったのが、俺だけではなくなった気がする。
そんな風に、お互いの中身をバラせるようになっただけかもしれないが。
「そういえば高三の子ら担当してる奴らはさぁ、進路は?全員決まってんの?」
すっかり酔いの回った同僚の女が担当しているのが、何故か小学生しか居ないのは偶然らしい。
「うちのは決まってるな、二人しか居ないし、どっちも目標あってとにかく勉強したいって感じだしよ。経済学部と医学部」
「お前が担当者とは思えないな…」
「うっせえ」
なにしろこいつは一番見た目のガラが悪い。刺青を彫りすぎて銭湯に行けない身体だ。ただの一般人だが、羅刹と間違えられやしないだろうか。
「そういや大学1年って、今のとこお前んとこのだけか」
「あ~そうかも、多分。ロケットチャレンジ部だよ~」
「だからなんなんだよその学部……」
「僕も聞いてはみたけど、何しろ身振り手振りだけで説明する子だから、いまいちピンと来てないね~。本人はとっても楽しそうに報告してくるから、なるべく理解してあげたいんだけど。あ、君んとこは?確か結構居ただろ」
間の抜けた返事を聞いている内に、不意に問われて返答に困る。
「あー、決まってるのは4人中1人だな」
『多すぎて、まだ選べないんだ。
絵は描き続けたいと思ってるけど、学びにしたくはないし』
お前の学力なら、何処でも選べるもんな。そんならひとまず、担任に薦められたとこでいいんじゃないか?
『おれ…じゃなくて、わ、わたし、先生になりたい。
だから、教育学部、行きます。頑張ります』
そか、じゃあ決まりだ。応援してやるよ。お前優しいからな、良い先生に出会えたんだな
『やりてぇこととか、なんにもねぇんだよ。あいつを殺す以外、なんにも』
わかるよ。俺もそうだったから。いっそ古武術でも取り入れてみるか?お前の喧嘩殺法にちょうど良いだろ
『……』
お前も、決まってないんだろ?
最も大人しい彼にそう聞いてみれば、案の定返ってくるのは肯定の頷きだった。
「なにそれ、あんた学年主任か何か?」
酒をかっくらい、げらげらと笑うこの女が担当している小学生達の健全な未来は、恐らく彼等の住む寮の管理人達に託されている。
と言うのが、この場に居る全員の考えだ。
かといって、どこかズレてしまったガキ共を集めて化け物退治をさせてるのは全員同じであって、人のことを言える立場でもない。
「まぁ最悪、適当に割り振られるんだし~ぎりぎりまで悩めば良いさ~」
「そこが普通の学校とは一番違うところか」
なんとも自由でお気楽な進学だと、さっきまで話を聞くだけだった男はまた日本酒を飲み干す。彼の飲み終わった空の瓶は他の追随を許さない。
口に放り込んだ枝豆を噛み砕き、もう一度ビールで喉を潤す。
「なあ、俺達があいつらに出来ることって、まじで限られてんのな」
「今更何を言っているのか」
クールな酒豪からの返事は、こういう時とても早い。
日常生活は各自の寮の管理人や寮母に頼み、まともに保護者らしい事をしているのは学校行事の把握や面談への参加程度。
それすらもわざわざ行事に参加するでもなく、嫌がられれば面談について行くこともない。本来なら灼滅者とは縁もない、かといって世間様に顔向けも出来ないどうしようもないクズの集まりであることは全員が自覚している。
ふと、すっとふすまが開いて、よく見る顔ぶれがこっちを覗く。
「おぅどうした?」
「お風呂!入ってくるー!」
「覗かないで下さいよ」
「誰がするか」
「みんな仲良くすんのよぉ」
へべれけの彼女の保護する小学生達の顔からは、明らかな不安とがっかり感がにじみ出ている。
「あー気にすんな、こいつの面倒は俺らが引き受けるから」
「良い子はあったかい温泉浸かって、ピンポンして枕投げして寝るんだよ~」
元気の良い返事をした年少組を追いかけるように、いってきますと中高生以上がぞろぞろ歩き出す。
普段別々の寮に暮らす全員が揃うと流石に立派な団体客で、この行列に居ない面子はまだ隣ではしゃいでいるか、のんびり食を楽しんでいるのは把握出来た。
最後尾を音もなく歩く三人のなかに、自分の担当する横顔を見つける。
「サズヤ、お前もか?」
「…ん」
「風呂好きなのは良いけど、湯冷めすんなよ」
そう返事をすれば、もう一度こくりと頷いた彼は、仲間達の後ろを追うように廊下から姿を消した。
「みんな自分ちの子が可愛くて仕方ないんだね~」
大行列の足音が消えてから、間延びした声は笑顔で語る。
「あんたには言われたくないわよぉ」
何をどう道標としてお手本を見せるべきなのか、俺はわからずにいる。それは此処にいる皆も、大して変わらないんだろう。
ただ、我が儘を言わせてもらえるならば。
(幸あれと、願わずにはいられない)
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