「さて、まぁ、これ位でいいかな」
「い…痛くないがん」
思っていた以上の量が溢れたことに怯えたのか、息を切らした小さな声は心配そうに傷口を見つめる。
「平気だよ、あえて多く出る所を浅めに切っただけだ。痛くない」
ほら、と彼女の口元に寄せれば、ほんの少し躊躇ったのち、おずおずと舌を出す。そのあとは食らいつくように、必死に滴る赤を舐め始めた。
「うぐ…うぇ…」
この味は、ただのヒトでしかない彼女にはきついだけだろうに。
「そんなに無理しなくても」
背中をさすってやると、彼女は飲み込む動作をしたまま首を横に振る。
「不味いなら不味いと言いなさい…」
「不味くない!」
口元を赤く汚したまま、キッとした表情で睨みつけられた。彼女は時々、不思議な所でムキになり、妙に頑固で困る。
私の同類達は、仲間を増やす事を目的にしている者が殆どらしいが、私はあまり興味が無く、むしろ私達から虐げられているヒトである彼女の方が、やたら此方と同じになることに拘りがある様だった。
涙目のまま、まだ静かに血を啜るのを諦めない姿に、ほんの少し呆れつつも、その健気さに、ぬるい愛おしさとグツグツとした情欲が沸き上がる。
壊すには勿体無い、けれど理想を求めるならば、いまだに不完全。
初めて目に留めてから、ずっとそうやって触れてきた。
欲しい物を訊けば何も要らないと言う彼女に、与えられる限り何でも与えると、それを過剰なほど大事にしまい込むし、初めは寂しいと口にも出来ず部屋の隅で座り込んでいたのを、私が無理やり傍に置くことで、すぐに向こうが私から離れなくなった。
けれど、彼女が私と同じになれば、今の彼女のままでは居られなくなるのだ。それは私にとって気分の良い事ではないのだと、最近になってようやく気付いた。
此処まで彼女を自分の理想へ近付く様に造りあげておいて、結局そのどうしようもない不完全さを愛していた事に、気付くのが遅すぎたと後悔しても仕方がない。
泣かれ乞われて、たった一度だけ啜った彼女の赤は、今までで最高に甘い物ではあったが、それ以降どうしても口にする事が出来ずに居る。彼女からすれば、こちらが求めれば幾らでも、心の底から喜んで差し出すだろうが、欲しいと思えば思うほど、それを拒むもう一人の自分が存在する。
これではまるで、私があの出来損ない達の様だ。
ふと、名前を呼んで頬を撫でてやると、くすぐったそうに長い睫毛が数回瞬いて、私の腕から唇が離れた。なあに?と言いたげに、自覚のなさそうな上目遣いで此方を見上げる表情に、声をかける。
「私と君は、同じじゃなくても、構わないじゃないか」
「やだ」
案の定、即座に震えたような小さな声が返ってきた。
その口元は先ほどのごっこ遊びで、赤く濡れている。
「どうしてそう思う」
「同じにならんと、一緒に居ってくれんくなる」
口から言葉が零れると同時に、瞬いた瞳から透明な液体が頬を濡らしていく。
同じにならなくては、同じじゃなかったから、みんな自分から離れていったのだと、何かを思い出す度にこの娘は震えて泣く。
本人はあまり語りたがらないが、友人知人どころか血縁者からも逃げることしか選択出来なかった状況を考えれば、怯えるのも無理は無いのかもしれない。
そうやって彼女が震えて泣く度に、私は、彼女の耳からその頭に直接刷り込まれるよう、何度も言い聞かせた同じ言葉を紡いでいる。
彼女の口元に垂れた、ごっこ遊びの痕を拭ってから、涙と汗で頬に貼りつく髪を指であげてやると、この手で穴を開けた右のピアスに手が触れ、ほんの少し彼女の身体の震えが止まる。
まだ私の腕から流れる赤が、彼女のワンピースを汚してしまっている。
「このままだよ、ずっとこのまま、居てあげるよ」
少なくとも私はこの時、決して、嘘を吐いてはいなかった。
「い…痛くないがん」
思っていた以上の量が溢れたことに怯えたのか、息を切らした小さな声は心配そうに傷口を見つめる。
「平気だよ、あえて多く出る所を浅めに切っただけだ。痛くない」
ほら、と彼女の口元に寄せれば、ほんの少し躊躇ったのち、おずおずと舌を出す。そのあとは食らいつくように、必死に滴る赤を舐め始めた。
「うぐ…うぇ…」
この味は、ただのヒトでしかない彼女にはきついだけだろうに。
「そんなに無理しなくても」
背中をさすってやると、彼女は飲み込む動作をしたまま首を横に振る。
「不味いなら不味いと言いなさい…」
「不味くない!」
口元を赤く汚したまま、キッとした表情で睨みつけられた。彼女は時々、不思議な所でムキになり、妙に頑固で困る。
私の同類達は、仲間を増やす事を目的にしている者が殆どらしいが、私はあまり興味が無く、むしろ私達から虐げられているヒトである彼女の方が、やたら此方と同じになることに拘りがある様だった。
涙目のまま、まだ静かに血を啜るのを諦めない姿に、ほんの少し呆れつつも、その健気さに、ぬるい愛おしさとグツグツとした情欲が沸き上がる。
壊すには勿体無い、けれど理想を求めるならば、いまだに不完全。
初めて目に留めてから、ずっとそうやって触れてきた。
欲しい物を訊けば何も要らないと言う彼女に、与えられる限り何でも与えると、それを過剰なほど大事にしまい込むし、初めは寂しいと口にも出来ず部屋の隅で座り込んでいたのを、私が無理やり傍に置くことで、すぐに向こうが私から離れなくなった。
けれど、彼女が私と同じになれば、今の彼女のままでは居られなくなるのだ。それは私にとって気分の良い事ではないのだと、最近になってようやく気付いた。
此処まで彼女を自分の理想へ近付く様に造りあげておいて、結局そのどうしようもない不完全さを愛していた事に、気付くのが遅すぎたと後悔しても仕方がない。
泣かれ乞われて、たった一度だけ啜った彼女の赤は、今までで最高に甘い物ではあったが、それ以降どうしても口にする事が出来ずに居る。彼女からすれば、こちらが求めれば幾らでも、心の底から喜んで差し出すだろうが、欲しいと思えば思うほど、それを拒むもう一人の自分が存在する。
これではまるで、私があの出来損ない達の様だ。
ふと、名前を呼んで頬を撫でてやると、くすぐったそうに長い睫毛が数回瞬いて、私の腕から唇が離れた。なあに?と言いたげに、自覚のなさそうな上目遣いで此方を見上げる表情に、声をかける。
「私と君は、同じじゃなくても、構わないじゃないか」
「やだ」
案の定、即座に震えたような小さな声が返ってきた。
その口元は先ほどのごっこ遊びで、赤く濡れている。
「どうしてそう思う」
「同じにならんと、一緒に居ってくれんくなる」
口から言葉が零れると同時に、瞬いた瞳から透明な液体が頬を濡らしていく。
同じにならなくては、同じじゃなかったから、みんな自分から離れていったのだと、何かを思い出す度にこの娘は震えて泣く。
本人はあまり語りたがらないが、友人知人どころか血縁者からも逃げることしか選択出来なかった状況を考えれば、怯えるのも無理は無いのかもしれない。
そうやって彼女が震えて泣く度に、私は、彼女の耳からその頭に直接刷り込まれるよう、何度も言い聞かせた同じ言葉を紡いでいる。
彼女の口元に垂れた、ごっこ遊びの痕を拭ってから、涙と汗で頬に貼りつく髪を指であげてやると、この手で穴を開けた右のピアスに手が触れ、ほんの少し彼女の身体の震えが止まる。
まだ私の腕から流れる赤が、彼女のワンピースを汚してしまっている。
「このままだよ、ずっとこのまま、居てあげるよ」
少なくとも私はこの時、決して、嘘を吐いてはいなかった。
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