ありがとうございました、と、すっかり聞き慣れた店員の声を後にして、コンビニを出る。
昼間も学園でのお昼ご飯を制服で買いに来るから、私がまだ中学生であることは知られていると思う。だけどこんな夜中に声を掛けられる事もないのは、この辺りがそんな生徒ばかりだからかもしれない。
風がやたらと強くて、吹きつけるその音も大きく聞こえる。
ビュウビュウとした、冬の音。……嫌いな季節が、来てしまう。
ハロウィンで賑やかだった筈の商店街やニュースは、すっかりクリスマスの飾りに溢れかえっていた。
寒いのは平気で、暑いのが苦手だけれど、夏の方がまだマシ。そうは言っても、春も夏も冬も、結局いつだって世界の動きは早くて、私を置いていくみたいだから、その中でも秋が一番落ち着く日々だったのに。
大規模な学園に毎日通うようになったからか、雑踏の音や人目は前より怖くなくなった。
病院に居たのはそんなに長い期間ではなかったし、私が居た支部自体も比較的小さな場所で、私自身もあまり他の誰かと会話する機会を持とうとしなかったから。
古びた外見とは言っても、中はリフォームされたアパートにたどり着く。
外付けされた螺旋階段の、カンカン、と高い金属音をなるべく小さくしながら上る。
風が強いからか、さっきまで何も見えなかった空から雲が消えた。
いつか二人で見た時と、同じ様な満月。
いつでも傍に居てくれた高い背丈の外套姿と、何をしても全て許してくれた笑顔の記憶が溢れて、思わず口から言ってはいけない言葉を零れさせた。嗚呼、駄目、
「さみしいよ」
ひとりぼっちも、この寒さも平気。
だけど、優しくしてくれる人が増える度に、一緒に時間を過ごしてくれる人が増える度に、貴方に出会う前に戻る事が怖くなる。同じじゃなくても、声をかけてくれて、話を聞いてくれるから、ひとりぼっちの部屋に、帰りたくないなんて。
だけど、本当に一番恐ろしいのは、貴方を忘れてしまうことで、私は結局その人達よりも貴方を選ぶしかなくて。
「ごめんなさい」
一度零れてしまったら止まらない、自然と誰に対してか分からない謝罪の言葉が口をつく。
あったかくて頭を撫でてくれる彼に対してなのかそっと微笑んで話しかけてくれる彼女に対してなのか私と同じだから安心出来るあの子に対してなのか私の言葉に耳を貸してくれる人達に対してなのか貴方に対してなのか、ねぇあんなに大事にしてくれたのにこんな風にまでしておいて、どうして置いていってしまったの、どうしてどうしてどうして
「ヒ…ッ……ウ…ァ…」
お腹の中から喉までせり上がってきた嫌な気持ちがぐるぐると、勢いを着けて回転し始め、呼吸が早くなる。
ビュウビュウ吹きつける風、カンカンカンカンと近所に響きそうな金属音、私自身の呼吸と心臓。その音全てに追いつけずに、階段の途中で足元がおぼつかなくなる。
頭の中がくらくらして、視界がぐにゃりと歪み始める。嗚呼、誰か誰か誰か
『たすけて』
呼吸も荒く出ない声を吐き出そうとしたところで、ぐっとお腹に力を込めてそれを阻止する。違う、私は平気。
もう金属音にも構わずに、息を切らして残りの階段を一気に駆け上がり、乱暴に鍵を差してガチャガチャとロックをこじ開け、よろけながら自分の部屋に転がり込む。
大して買い込みもしなかったコンビニの袋を放り投げると、ガサッと激しく音が鳴る。どうせ中身はいつものレトルトのお粥やゼリー飲料なのだし、それがどうなったかを気にする余裕なんて、今の私には無かった。
「大丈夫、私は大丈夫なの」
ベッドに倒れ込んで、ぎゅっと身体を丸める。おまじないの様に「大丈夫」を呟いて、零れそうな涙を抑える。寒くないはずなのに、震えているのが分かった。
制服を着替えるのも忘れて、布団に潜る。眠ってしまえば平気、だって私は夢を見ない。
いつだって、気がついたら目覚ましのアラームがけたたましく鳴り響く朝になる。
何も聞こえない空っぽの部屋のベランダから、まだ満月が見える。
貴方の声が聞こえない、貴方の寝息が聞こえない、貴方がこの耳を塞いでくれない。
貴方しか居ないから、此処に居るの。
頑張っているから、どうか逢えた時は、私を、褒めて。
***
今夜はすっかり冷え込んでいるが、冬の訪れからか、満月が綺麗に見える。人工的な光の少ない田舎町を闊歩するにはちょうど好い。
君は、もう眠っているだろうか。
日々をともに過ごした頃は必ず傍に寄り添っていた汚れた白を思い出す。
夜は必ず抱きかかえて、此方が眠るふりをしないと眠ってくれず、どうしても眠れない時は、よく真夜中に誰にも逢わない外へ出かけては、指を絡めて歩いていた。
冬場は特に何かに怯えたように、寝食どころか風呂も一緒でないと嫌がるのが幼子の様だったが、その頃には既に、私はその異常な手の掛かり方がいじらしかった。
そもそも、あれから無事に生きているだろうか。
いや、孤独に強いふりをする君の事だから、生きているだろう。二度と逢わないと身勝手に決めた私を、罵りながら。
けれどもし、また逢う機会があるのならば。抑える事が難しいギラギラとした期待が、時々感じる虚しさや後悔を簡単に消し飛ばす。残念な事に、君はそれを知らないが。
また逢えたなら、その時は沢山褒めてあげよう。きっと泣かずに、堪えているだろうから。どんな姿になっても、君が私を殺せなければ、また二人で生きてあげよう。
満月の下、二人で夜道を歩こう。
昼間も学園でのお昼ご飯を制服で買いに来るから、私がまだ中学生であることは知られていると思う。だけどこんな夜中に声を掛けられる事もないのは、この辺りがそんな生徒ばかりだからかもしれない。
風がやたらと強くて、吹きつけるその音も大きく聞こえる。
ビュウビュウとした、冬の音。……嫌いな季節が、来てしまう。
ハロウィンで賑やかだった筈の商店街やニュースは、すっかりクリスマスの飾りに溢れかえっていた。
寒いのは平気で、暑いのが苦手だけれど、夏の方がまだマシ。そうは言っても、春も夏も冬も、結局いつだって世界の動きは早くて、私を置いていくみたいだから、その中でも秋が一番落ち着く日々だったのに。
大規模な学園に毎日通うようになったからか、雑踏の音や人目は前より怖くなくなった。
病院に居たのはそんなに長い期間ではなかったし、私が居た支部自体も比較的小さな場所で、私自身もあまり他の誰かと会話する機会を持とうとしなかったから。
古びた外見とは言っても、中はリフォームされたアパートにたどり着く。
外付けされた螺旋階段の、カンカン、と高い金属音をなるべく小さくしながら上る。
風が強いからか、さっきまで何も見えなかった空から雲が消えた。
いつか二人で見た時と、同じ様な満月。
いつでも傍に居てくれた高い背丈の外套姿と、何をしても全て許してくれた笑顔の記憶が溢れて、思わず口から言ってはいけない言葉を零れさせた。嗚呼、駄目、
「さみしいよ」
ひとりぼっちも、この寒さも平気。
だけど、優しくしてくれる人が増える度に、一緒に時間を過ごしてくれる人が増える度に、貴方に出会う前に戻る事が怖くなる。同じじゃなくても、声をかけてくれて、話を聞いてくれるから、ひとりぼっちの部屋に、帰りたくないなんて。
だけど、本当に一番恐ろしいのは、貴方を忘れてしまうことで、私は結局その人達よりも貴方を選ぶしかなくて。
「ごめんなさい」
一度零れてしまったら止まらない、自然と誰に対してか分からない謝罪の言葉が口をつく。
あったかくて頭を撫でてくれる彼に対してなのかそっと微笑んで話しかけてくれる彼女に対してなのか私と同じだから安心出来るあの子に対してなのか私の言葉に耳を貸してくれる人達に対してなのか貴方に対してなのか、ねぇあんなに大事にしてくれたのにこんな風にまでしておいて、どうして置いていってしまったの、どうしてどうしてどうして
「ヒ…ッ……ウ…ァ…」
お腹の中から喉までせり上がってきた嫌な気持ちがぐるぐると、勢いを着けて回転し始め、呼吸が早くなる。
ビュウビュウ吹きつける風、カンカンカンカンと近所に響きそうな金属音、私自身の呼吸と心臓。その音全てに追いつけずに、階段の途中で足元がおぼつかなくなる。
頭の中がくらくらして、視界がぐにゃりと歪み始める。嗚呼、誰か誰か誰か
『たすけて』
呼吸も荒く出ない声を吐き出そうとしたところで、ぐっとお腹に力を込めてそれを阻止する。違う、私は平気。
もう金属音にも構わずに、息を切らして残りの階段を一気に駆け上がり、乱暴に鍵を差してガチャガチャとロックをこじ開け、よろけながら自分の部屋に転がり込む。
大して買い込みもしなかったコンビニの袋を放り投げると、ガサッと激しく音が鳴る。どうせ中身はいつものレトルトのお粥やゼリー飲料なのだし、それがどうなったかを気にする余裕なんて、今の私には無かった。
「大丈夫、私は大丈夫なの」
ベッドに倒れ込んで、ぎゅっと身体を丸める。おまじないの様に「大丈夫」を呟いて、零れそうな涙を抑える。寒くないはずなのに、震えているのが分かった。
制服を着替えるのも忘れて、布団に潜る。眠ってしまえば平気、だって私は夢を見ない。
いつだって、気がついたら目覚ましのアラームがけたたましく鳴り響く朝になる。
何も聞こえない空っぽの部屋のベランダから、まだ満月が見える。
貴方の声が聞こえない、貴方の寝息が聞こえない、貴方がこの耳を塞いでくれない。
貴方しか居ないから、此処に居るの。
頑張っているから、どうか逢えた時は、私を、褒めて。
***
今夜はすっかり冷え込んでいるが、冬の訪れからか、満月が綺麗に見える。人工的な光の少ない田舎町を闊歩するにはちょうど好い。
君は、もう眠っているだろうか。
日々をともに過ごした頃は必ず傍に寄り添っていた汚れた白を思い出す。
夜は必ず抱きかかえて、此方が眠るふりをしないと眠ってくれず、どうしても眠れない時は、よく真夜中に誰にも逢わない外へ出かけては、指を絡めて歩いていた。
冬場は特に何かに怯えたように、寝食どころか風呂も一緒でないと嫌がるのが幼子の様だったが、その頃には既に、私はその異常な手の掛かり方がいじらしかった。
そもそも、あれから無事に生きているだろうか。
いや、孤独に強いふりをする君の事だから、生きているだろう。二度と逢わないと身勝手に決めた私を、罵りながら。
けれどもし、また逢う機会があるのならば。抑える事が難しいギラギラとした期待が、時々感じる虚しさや後悔を簡単に消し飛ばす。残念な事に、君はそれを知らないが。
また逢えたなら、その時は沢山褒めてあげよう。きっと泣かずに、堪えているだろうから。どんな姿になっても、君が私を殺せなければ、また二人で生きてあげよう。
満月の下、二人で夜道を歩こう。
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